大丸用水散策、新堀
今回は、大丸用水の新堀を最後までたどってみたいと思います。
地図を見ながらのほうが判りやすいと思いますので、よろしければ以下をご利用下さい。
(別窓でGoogleマップの 大丸用水水路図 を開く)
新堀は菅掘から分岐しますが、分岐点は親水公園としてきれいに整備されています。
▼新堀の分水

写真の右側が新堀です。流れの1/3くらいが新堀へ流されているようです。なお、この地点を含む菅掘の様子は、大丸用水散策、菅堀 をご覧下さい。
流れに沿って下っていくと、南武線にぶつかります。
▼南武線との交差

道路を迂回して反対側から見た写真がこれです
▼南武線の下を流れる新堀

現在南武線の高架工事中なので、堀に架けられた橋の様子が良く見えます。高架工事が完了するとどのような姿になるのでしょうか。間違ってもコンクリートで埋めてしまわないで欲しいものです。ちなみに、線路を含むシーンでは、このように出来るだけ車両も入れて撮ろうとするのは、鉄の血を若干含む人間の習性です。
この先水路は暗渠を進み、商店街入り口の先で姿を表します
▼新堀緑道入り口

この先は新堀緑道と呼ばれているようです。ただ、残念なことに、その名前を示すために設置されたと思われるコンクリート柱には、ネームプレートが剥ぎ取られた後があるだけです。ちょっと無残なので、これが写っている写真は掲載しないでおきます。
緑道というだけあって散歩には良い道ですが、建物の北側なのでちょっと暗い感じです。夜通ると怖いかも、
▼ケンコーマヨネーズ稲城工場の裏側

すでに解体が始まっていますが、こんな工場が稲城市にはあります(ありました)。
▼久保堀への分水

さらに進むと、踏切の近くに久保堀への分水点があります。この写真では判り難いですが、画面のフェンスに沿って右上へ流れるのが久保掘で、5%くらいの水量が分配されていました。新堀は画面左側へ進みます。街路灯の根元に新堀1と書かれたプレートが貼られています。
この先、新堀は踏切を渡り、再び南武線の北側に戻りますが、踏切の先の暗渠の中で柳田堀が右側に分水されているようです。
▼柳田堀の流れ

写真は柳田堀の下流から踏切の方角を見たものです。この堀は自然護岸で大丸用水の昔の姿を留めているようです。また、水量も結構多く、感覚的には新堀の流量の半分くらいが、こちらに落とされているようでした。
あと、分水するからには何らかの流量調整の仕掛けがあるはずですが、その場所は判りませんでした。今度行った時に確かめてみたいと思います。
このあと、新堀は延々と旧川崎街道に沿って暗渠の中を通り、稲城大橋の道路も横切って、かなり先で姿を表します。
▼暗渠から姿を表した新堀

柳田堀に水を分けたのでかなり流量が減っています。ひょっとしたら、他にも分水があったのかも知れません。下新田堀への分水があった可能性が高いとは思いますが実際に目で見ていないので、何とも言えません。他の小堀への分水もありそうです。
更に進んで、新堀の終わり近くで分水がありました。
▼大和堀への分水か、

位置的には大和堀と思われる分水があり、ここではほとんど全ての水が落とされていました。写真の右上方向、側溝の四角い穴を通して水は流されています。
ほとんど水の無くなった新堀は道路の側溝に成り下がり、たぶん落堀と呼ばれる用水路に名を変え矢野口方面へ向かっていました。
また、用水の水路図では菅掘へ合流するように書かれていますが、実際には枝堀に流れをほとんど奪われてしまっていて、菅掘への水の流れはありませんでした。それでも昔の名残でしょうか、新堀の終点付近の菅掘は幅が広くなっており、新堀が増水した時に水を菅堀へ落とす仕掛けは残されていました。
▼新堀との合流点の菅掘

道路の右側の白い柵の向こう側に新堀の側溝があります。菅掘の右岸がカギ状にえぐれている部分に、新堀から水を落とすパイプが通されていました。
以上で、新堀散策は終わりです。ここまで読んで下さってありがとうございます。
なお、水量については今回散策した時点のもので、堰上げの高さによってどうにでも変わる、それが用水路の面白さでもある訳で、参考程度に考えた方が良いかも知れません。また季節が変わったら確かめてみたいと思います。
地図を見ながらのほうが判りやすいと思いますので、よろしければ以下をご利用下さい。
(別窓でGoogleマップの 大丸用水水路図 を開く)
新堀は菅掘から分岐しますが、分岐点は親水公園としてきれいに整備されています。
▼新堀の分水

写真の右側が新堀です。流れの1/3くらいが新堀へ流されているようです。なお、この地点を含む菅掘の様子は、大丸用水散策、菅堀 をご覧下さい。
流れに沿って下っていくと、南武線にぶつかります。
▼南武線との交差

道路を迂回して反対側から見た写真がこれです
▼南武線の下を流れる新堀

現在南武線の高架工事中なので、堀に架けられた橋の様子が良く見えます。高架工事が完了するとどのような姿になるのでしょうか。間違ってもコンクリートで埋めてしまわないで欲しいものです。ちなみに、線路を含むシーンでは、このように出来るだけ車両も入れて撮ろうとするのは、鉄の血を若干含む人間の習性です。
この先水路は暗渠を進み、商店街入り口の先で姿を表します
▼新堀緑道入り口

この先は新堀緑道と呼ばれているようです。ただ、残念なことに、その名前を示すために設置されたと思われるコンクリート柱には、ネームプレートが剥ぎ取られた後があるだけです。ちょっと無残なので、これが写っている写真は掲載しないでおきます。
緑道というだけあって散歩には良い道ですが、建物の北側なのでちょっと暗い感じです。夜通ると怖いかも、
▼ケンコーマヨネーズ稲城工場の裏側

すでに解体が始まっていますが、こんな工場が稲城市にはあります(ありました)。
▼久保堀への分水

さらに進むと、踏切の近くに久保堀への分水点があります。この写真では判り難いですが、画面のフェンスに沿って右上へ流れるのが久保掘で、5%くらいの水量が分配されていました。新堀は画面左側へ進みます。街路灯の根元に新堀1と書かれたプレートが貼られています。
この先、新堀は踏切を渡り、再び南武線の北側に戻りますが、踏切の先の暗渠の中で柳田堀が右側に分水されているようです。
▼柳田堀の流れ

写真は柳田堀の下流から踏切の方角を見たものです。この堀は自然護岸で大丸用水の昔の姿を留めているようです。また、水量も結構多く、感覚的には新堀の流量の半分くらいが、こちらに落とされているようでした。
あと、分水するからには何らかの流量調整の仕掛けがあるはずですが、その場所は判りませんでした。今度行った時に確かめてみたいと思います。
このあと、新堀は延々と旧川崎街道に沿って暗渠の中を通り、稲城大橋の道路も横切って、かなり先で姿を表します。
▼暗渠から姿を表した新堀

柳田堀に水を分けたのでかなり流量が減っています。ひょっとしたら、他にも分水があったのかも知れません。下新田堀への分水があった可能性が高いとは思いますが実際に目で見ていないので、何とも言えません。他の小堀への分水もありそうです。
更に進んで、新堀の終わり近くで分水がありました。
▼大和堀への分水か、

位置的には大和堀と思われる分水があり、ここではほとんど全ての水が落とされていました。写真の右上方向、側溝の四角い穴を通して水は流されています。
ほとんど水の無くなった新堀は道路の側溝に成り下がり、たぶん落堀と呼ばれる用水路に名を変え矢野口方面へ向かっていました。
また、用水の水路図では菅掘へ合流するように書かれていますが、実際には枝堀に流れをほとんど奪われてしまっていて、菅掘への水の流れはありませんでした。それでも昔の名残でしょうか、新堀の終点付近の菅掘は幅が広くなっており、新堀が増水した時に水を菅堀へ落とす仕掛けは残されていました。
▼新堀との合流点の菅掘

道路の右側の白い柵の向こう側に新堀の側溝があります。菅掘の右岸がカギ状にえぐれている部分に、新堀から水を落とすパイプが通されていました。
以上で、新堀散策は終わりです。ここまで読んで下さってありがとうございます。
なお、水量については今回散策した時点のもので、堰上げの高さによってどうにでも変わる、それが用水路の面白さでもある訳で、参考程度に考えた方が良いかも知れません。また季節が変わったら確かめてみたいと思います。
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